Live in Bali  report
 
 
PEANUTS CLUB  火事で焼ける前!

1995年、初めてのバリ上陸はクタだった。 
何もわからず、声を掛けてきたフレディー マーキュリー似のバリ人(以下フレディー君)に連れて行かれた「ピーナッツクラブ」は、ディスコ&ライヴバーだった! 
最初はお勧め観光地についてとか、たわいのない話をしていたが、ジャワ人ミュージシャン兼普段はジゴロの、魂のない演奏を延々聞かされて嫌気が差してきた頃、フレディー君席を立ち店員を呼んできた。「彼らに演奏してもらおう!」、「そうしよう」。バリ語がわからないのでこの会話は推測だけど、5分後にはステージに呼ばれ演奏していた。客層がオージーが多かったので曲はボブディランの『Knockin'on heaven's door』。いつものようにジミーペイジとジャニスがやっているような演奏に(自画自賛か?)オージー達は大喜び!アンコールは来るは、握手攻めに会うはで、もう一曲『Lovin'you』。  
大受けだった。外国に引っ越そうかと思った。 
まあ、そんなこんなで気分悪いのはハコバンの奴等。自分達の演奏のときはザワザワしていて、おれたちのときはシーンと聞き入ってたもんナー。おまけに借りたギターの弦も切っちゃったし。バリにきていきなり、ロックスターナイトだった。

SAI SAI BAR  UBUDでNo1のRockなBar

クタに3日滞在した後、ウヴドゥは高級バンガロー‘アグンラカ’に移った。クタの喧燥とは別世界だった。 
アグンラカから歩いてすぐのところに日本人経営の‘影武者’がある。日本人長期滞在者達の溜まり場だ。 
初のウヴドゥで右も左もわからない僕らは、何か情報が得られると思い、まずは、影武者へと向かった。 
これが正解だった。影武者を営んでいる伊藤さん、ゆみさんをはじめ、漫画家の深谷陽君、版画家の嘉門さん、ルバーブ修行の南部さん、ブティック‘O-lala’のオスカル、SAI SAI BARのボス、ランドン他たくさんの友達ができた! 
まあそんな経緯でSAI SAI BARでライヴをやることになったわけです。 
相棒の高原がかつてASIA BAGUSのグランドチャンピオン大会までいったということで周りも大張り切り。  
ランドンの作ってくれたポスターがウヴドゥのいたるところに貼られ、その辺を歩くとバリ人達に「ポスターの人だ!」といわれるほどだった。 
そして当日。伊藤さんら大勢のバリ在住日本人や白人相手に、D.D.D.UNCLEのオリジナル曲とカバー曲をまじえて3ステージの酒場ライヴ構成で行なった。 
この店は日本じゃ、お目にかかれないオープンカフェっぽい造りのライブバーなので、貧乏なバリ少年達は店の外に溜まってタダでライブを見ていた。 
‘やもりの唄’のイングリシュヴァージョン‘とっけーソング’が白人達におお受けだったなー。 
何よりも嬉しかったのは、翌年1996年再びバリに行ったとき、オスカルが僕らの‘ごめんねの呪文’をめちゃくちゃ日本語で弾き語ってくれたことでした。 
また、1996年には2回ライヴをやりました。 
1998年夏、2年ぶりにバリに行きました。今回はギターを持っていかず、ライヴはやらなかったんだけど、 
SAI SAIに行ったら店員に「オオ!D.D.D.UNCLE!あの時のライヴは忘れられない」と歓迎してもらいこっちも感激でした。TERIMA KASHI! 

BAR(バリ式移動式バー) なぜかたばこメーカーがスポンサーだった。

バリで友達になった深谷君に連れられて行ったどこかの村のバール。このバール(BAR)とは、村のお寺の空き地だか、集会場だかで1−2週間だけ開かれる酒場のこと。テーブルが並べられて、村の女の子達がおめかししてホステスの真似事をして、酒や料理を楽しむ、村人にとってのビッグイベント。そこを仕切っている奴を紹介されて、そこでもライヴをやることに。 
翌日遣いのバリ人が車で迎いにきていざBARへ! 
客は深谷君以外全員バリ人。SAI SAIで白人に受けたロック、ブルース調の曲はまったく受けず、「No Woman、 No Cry」、「Lovin'You」でようやく受けてくれた。 
この国ではHeavy Metalが好き、ブラコンも好き、と言いながらみんなバラードしか聴かない、と言うことは知っていたけど、レゲー好きが多く、「Hotel Califolnia]が最高のレゲーとして今はやっているなんて、この時初めて知った。 
あと、一番びっくりしたのは、ライヴ中、イントロが始まると、バリ語DJが入ってきて強引に盛り上げてくれたことだった。なんていってたかは不明だったけど。 
ライヴ後はビールと料理をご馳走になって楽しい一夜でした。 

しかし、各テーブルに女の子が5−6人いたのに、僕が話し掛けても照れるは言葉が通じないわで、誰の相手もするわけじゃなく自分達でおしゃべりをしていただけでした。どのテーブルでもそんな様子でした。

 

続く

 
 
 

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